壁vs再生



「めんどい」
そういって俺は足を止めた。
「はぁ!? ここまで来てなにいってんのよ? 男なら最後までやりとげなさいよ!」
隣でがやがやわめいてる馬鹿がいるが無視だ。
……………と言いたいところだが、それができたらそもそもここにこうしていることは無いだろう。
なんでこんなことをしてるのか自分で自分が意味不明だ。
本当は今日は家に帰ってため撮りしていた深夜アニメを徹夜で見るつもりだったのに、何故徹夜で町を歩き回らねばならないのかと理不尽さに心が痛む。…嘘だけど。
そもそもなぜこんなことになっているのかというと、
そのきっかけは当然のように、この女だった。
話は今日の朝に遡る。

「麻薬取引の情報をつかんだの!! 捕まえましょう!!」
朝っぱらから全くもって唐突のうえに意味が分からない。よって思ったことをそのまま口に出す。
「そうか……幻覚は寝不足のせいだと思うから、授業サボってしっかり寝ぐぁっ!!」
「そう? じゃあこの私の右手がつかんでるあなたの二の腕も幻覚ね? 幻覚もここまで来ると現実と区別がつかなくなっちゃって困るわぁどぅしましょう?」
「ちょっ待てこの手を離せ! 地味に痛い痛い痛いなぜなにゆえなんで俺の腕力でひきはがせないっ!! てめぇどんな握力して痛いすみません調子のりました謝りますから離してくださいお願いします!!!」
「あらそう? 幻覚にも痛みがあるのね?」
「てめぇもういい加減に…すんませんなんでもありません」
痛む腹をさすりながら、取り合えず聞いておかないと俺のからだがどうしようもない状態になりそうなので、仕方なく話にのる。
「で、なんだ唐突に」
「だーかーらぁ、麻薬の取引がある場所の情報が手に入ったのよ!」
「そうか、よかったな………いやすまん、話を聞くからそのカッターを降ろせシャレにならん」
「理解が早くて助かるわ」
ああ、扱いづらいったらありゃしない。
「で、だからなんで情報をつかんだら捕まえるんだ?」
何を言うか完全に分かりきってる事なのだが聞かないと(以下略)
「能力を持ってる人が能力を使うのは当然でしょ?」
まぁ完全に予想通りの答えで面白くもなんともない。
なにかあると逐一俺に言ってくるので既に聞き飽きた。
「はぁ…自分でやれよ。そんだけ物理的に力あるんだからなんとかなるだろ」
「あら? か弱い女の子に一人で行動させる気? 私も行くからあんたもついてきなさい」
睨まれると怯んでしまうのが情けない。
「拒否したら?」
だからなんで拳に血管が浮いてるんだよ。
無言の圧力に押し潰されそうだ。
「わかった。しょうがないから行ってやるよ」
だっていかないと(以下略)
「ついでだから聞いておくけどその情報はどこから?」
「ん」 と言って右手の親指を後ろに向けて指差す。
そこにいたのはうちのクラスの学級委員でおいて一番のトラブルメーカー。目があった瞬間親指を立てられた。ぐっじょぶ。とでもいいたいのか死ね。二度死ね
「わかった? じゃあ今日十時に駅集合!」
「おっけ………ってはいっ!? 今夜っ!?」

というやりとりを、学校という男女関係には一番敏感な人間がわらわらいるところで行っていたので、もちろんそういう目で見られているわけで。まあこいつも平均以上の容姿なので別にそこはいいのだが、性格が全世界的に排除されてもいいくらい破綻しているので友達以上になる気はない。
―――あれっ? 女王と下僕は友達以上か?
というどうでもいいことを考えていたら、腹部に激痛。同時に慣性の法則によって体が後ろに軽く吹っ飛ぶ。
「あんたが来るって言ったから来たんでしょうが! しゃっきりしなさい!!」
だから女王様それは誤解です貴方が暴力という安直かつ直接的な脅しで私を拉致り殺そうとしているのを自分の記憶を自己修正しないでください。
と心のなかで反抗する惨めな俺。
「ほら下らないこといってないでさっさと歩く!」 うは。女王様なんでこんな元気なのですか? 今日体育二時間連続だったので俺はもうくたくたです。
「ういーっ。めんどー」
「いちいちうるさいわねぇ」
うるさいのは貴方ですはい。黙って歩く。悔しいけど。
あーあ今日はテレ東で新番だったのに…。

と言うやりとりを小一時間繰り返しつつ二人は歩いていく。
「――って時間の進みかたがおかしいっ!! なんで小一時間とか確実に自転車の距離を私達は徒歩でだらだら歩いてイルンデスカッ!?」
「何に向かって話してるの? あなたも幻覚見始めた?」
「いや隣にいる人の顔を見てたら精神が侵食されてきぐぶっ!」
まてまてミゾオチはそこは……うぅぅ……。
「なぁ……マンネリ化してるからこれやめねぇ?」
「意味不明なこと言ってんじゃないわよ。さっさと歩く! ほらそこの倉庫街だからあと少し頑張りなさい」
「うぃ〜」
猫背になりながらやる気ゼロで歩いていく。
と、
その足が不意に止まった。
「あれ? どうしたの? まだ懲りないの? じゃあ今から言う3コースのうちどれがいい? ローキック、ミドルキック、ハイドラントミサイル。さあどれがいい?」
おかしい!! 最後の選択肢だけおかしい!! と、かなりつっこみたかったがその言葉を無視し訊く。
「なぁ、確かにあの超絶馬鹿学級委員はここでその取引きとかいうやつがあるっていったんだよな?」
少しも考えるそぶりも見せず答えが返ってくる。
「もちろん。地図ももらったから分かりやすかったわ」
「くそっ! あいつめ! 死ね、のたれ死ね、腐れ死ね、三度死ね」
この場にいない奴を力の限り脳内で殺す。
「どうしたの? まさかそのれって嘘だったの?」
苦々しい顔で俺は答える。
「嘘ならまだいいんだよ。あいつめ、俺らを身代わりにしやがった」
「は?」
と疑問府が聞こえた瞬間、腕をつかみ力強く引き寄せ、抱きかかえる。
同時に、自分を中心とした同心円状の二重防護壁を展開。外側の壁を若干弱体化させる。
「ちょっ! 何すんのよ!」
突然の事への驚きを無視し、そのまま肩と膝の裏を抱き上げその体重を全て腕へと乗せる。
俗に言うお姫様だっこ状態になり、再び抗議の声が聞こえてくる直前。
銃声と、弾丸を防護壁がはじく音がほぼ同時に響いた。
「なっ!?」
驚愕の声も無視。
外側と内側の壁の着弾点を元に発射地点を計算。後方斜め右と決定し、その瞬間前方に駆け出す。
直後、今まで立っていた地点に五重の銃声と弾痕が発生。
内心の冷や汗を表に出さずに、次の行動に移る。
今度は壁の発生基準点を自分に設定。自らの移動に壁の動きを同調させる。これで、強度は落ちるが移動中も防御が可能になり、当面の心配は頭の中から排除できる。
腕のなかを見ると、見上げてきた瞳と目があった。
「こんな真似しといて助からなかったら、ただじゃおかないわよ」
「ああ……分かってる」
無理矢理連れてこられて巻き込まれた被害者はこっちなのだが、そんなことは今はどうでもいい。
能力のある者が無い者を守らなければならないのは変わらないのだから。
全力で路地を駆け抜ける。
連れて走るのより、抱えて走る方が速いと判断したからこその選択。それでもまだ遅く、後ろを振り返ると、銃を乱射しながら走ってくる男に追い付かれそうになっている。
何度も響く消音機も着けない銃声に、流石に恐怖を感じてくる。
誰もいないからと言って大胆すぎる行動に何か裏があると感じ始めた。
とっさの行動をとれたのは、そう考えていたおかげだろう。
いきなり前方の建物の影から日本刀を持った男が襲いかかってきた。弱体化した防護壁では防ぎきれないと本能が告げ、後方へと跳躍。
銃声をわざと隠さなかったのは前への注意を怠らせるため。ギリギリで気付いてよかった。
抱えている重みに持っていかれそうになりながら、なんとか避けきることに成功したが、依然目の前には危機がせまっている。
抱きながらの戦闘は不可能と、当然の結論に達して、下に降ろす。
「だいじょぶなの?」
珍しく心配の含まれている声に、嘘をつくのがためらわれたが、それでも答える。
「ああ、多分な」
多分どうしようもない状態になるだろう。が、お前だけは助かるようにするよ。
「じゃあ勝ちなさい。命令だからね。ちゃんと命令通りにしなさいよ」
…命令か。それはまた大変だな。だが俺が勝ってもそれだけじゃ意味がないんだよ。
「わかってるよ。だったらこっちからも命令だ」
「な、なによ?」
「逃げろ。俺を無視して逃げろ。命令だ」
「そんなことっ…!」
弾かれるように顔を上げて叫ぶ。
「逃がすと思うか?」
響いた声は後ろから。数人のスーツを着た人間が息をきらせながら立っていた。
前には日本刀を持った男。背後には拳銃を持っているであろう男達。
「行けっ!!」
基準を自分ではなく、目の前の守るべき人間に設定。発動。つきとばす。
「とっとと行け!」
一瞬歪んだ顔をしたが、素直に後ろの男たちのあいだをすり抜けて走って行く。
効力を時間設定したから大丈夫だろう。切れるのは1時間後。それだけあれば街まで戻れるだろう。
走ってここから離れる背中を見送りつつ、前をみる。
「じゃあ、さっさと終わらせるためにさっさと始めるか」
ぱきぱきと指をならす。大して威圧など出来ないが、自分の精神状態を高めるのには役立つ。
「馬鹿め! たった一人で何が出来るというのだ?」
背後で拳銃を構えながらの嘲笑が聞こえる。笑っているのは言った男だけでなく取り巻きの複数人。
関係ない。すでに後ろの男達との間には壁を出現させている。狭い路地なので全面を塞ぐのも楽だ。
空間固定だからこの場から離れると消えてしまうがそのぶん強度はある。結果、三辺を壁に囲まれながら日本刀の男と対峙する構図となるが、拳銃と刀の遠近同時攻撃よりはましだ。
「いくぜ」
左足前の半身で構える。対する男は正眼のまま沈黙を保つ。
ふっ、と。
視界から男が消え、死角になっている左下に瞬間移動したかと思うほどの唐突さで出現。既に踏み込みの体勢をとっており刀のベクトルは上。狙いは首。
視界の隅にギリギリ視認できたのが救いだった。壁の即時発動で一撃を防ごうとするが、鋭い切っ先はいとも容易く見えない壁を切断、そのまま迫り来る。
だか、いかに鋭利といえども、固い物質を通過した刃の速度は衰える。そしてその差分が、俺の左腕の皮膚をかすめるだけの被害にとどめた。
とっさの一歩で刀をかわし、二歩目で地面を全力で蹴りつける。さっきまでの荷物を持たない自由な体は、いつも通りに俊敏な動きを自らに与えてくれる。
背を向けていたからだをひねり、相手と正面から向き合おうとする。
再び視界に写る切っ先。それによりさらなる跳躍を強いられる。
完全に向き直ったとき、すぐそばに接近している男を真っ正面に捉えた。
視認できればこっちのもの。再び壁の即時発動。
男の足元に壁。更に正面には尖端直径十分の一ミリに満たない槍を出現、同時に空間固定。
足をかけて槍で刺す予定だったのだが、見えないはずの凶器を感覚で感じとったのか、男は一閃を残し停止、後方跳躍。
ここで隔離した拳銃を持った男達が壁の存在に気付いたが、そんなものに気を配っているほどの余裕はない。
ガキ相手に本気にはならないだろうと、甘くみていた自分に反省と自戒。本気で行くこと、もしもの時は殺人を辞さないことを覚悟に、能力の解放を決める。
ひと呼吸の間をおき零挙動で動ける体勢をつくる。
先手を取る。
基準点を定めずにビーダマほどの大きさの玉を数十個、前方に出現。重力方向を地面と水平、つまりは正面の男に設定し、さらに重力加速定数を極限まで拡大。
異常な重力に引っ張られ、高速で疾る見えない弾丸と、その後ろに付属し真空の衝撃波をまとったマッハコーン。
通常の弾丸とは違い、加速しながら迫る気配に男は反応し回避したが、読みきれずに二発、右脇腹と右足首に喰らう。
加速した弾丸は、着弾点にビーダマ大の穴を開けたのち、刹那の間をおいて先端角十度以下の衝撃波が到着し、弾痕を拡大する。肉をえぐり、骨を軋ませ、組織を巻き込み、吹き飛ばす。
それだけの、死に至る可能性もある攻撃に、男の反応は淡白すぎた。
まるで痛みを感じていないかのように、傷を無視して特攻を仕掛ける。
――カッ!
と、地面を日本刀の先端で叩いた。弾けたコンクリートは高速のつぶてとなり飛来。
別段慌てずに対処する。壁を出現させ防ぎ、カウンターをかけようと思考していた時に男の狙いに気付いた。気付いたが遅かった。
コンクリート片を弾いた見えない壁を、男はそのはねかえりから推測し、瞬間の五閃。
ばらばらに切り刻まれ固定概念を消された質量は、もともとの重力にしたがって地面へと向かって自然落下する。
猛攻が始まった。
それが地面に落ちきるまでに男が放った攻撃は、実に三十手。まるでマシンガンのように、金属と壁が弾き合う音が鳴り続ける。
もちろん反撃している隙などありはしない。一方的な防御を強いられ、少しずつ後退していく。
能力の連続使用に脳が軋みをあげる。
壁の出現域の定義と固定概念の付与、硬度の設定に、崩壊後の能力破棄、更には高速連続攻撃に対応するだけの即時発動とその更新速度。
今までとは比較にならないほどの脳への負荷がかかり、精神力の急激な衰弱と思考能力の低下が始まる。
そのせいで、男の傷が既に完全に回復していることになかなか気付かなかった。傷の癒えた男は体に不自然は全く無い。
猛攻が続く。
流石にこのままでは負けると判断し、流れを断ち切るためにわざと壁を構築せず、攻撃を受ける。
だが男の狙いは正確。わき腹を剣筋が捕らえ引き裂く。
そんなものは百も承知。灼熱を伝えてくるわき腹を無視し、拳を握る。こちらがわざとダメージを受けた事を男が気付くがそもそも遅い。しっかりと握った拳を振りぬく。
「ラァああああっぁああぁっぁぁ!!」
全体重を乗せた一撃は男の顎に直撃し、吹き飛ばした。
そのまま男は地面を転がり、三回転後、獣の姿勢になって指でコンクリートを掴む。摩擦で慣性エネルギーを消滅させる。
その時点でオレは既にその前に移動している。
右手に鉄パイプのような最硬硬度の物質を形成。振りぬく。

ガキンッ!!

金属音はこちらの武器と男の刀が切り結んだ音。そのままつばぜり合いにもつれ込む。
ここで一旦硬直状態に陥る。と思わせるのは既に作戦。
男が気付かないうちに、背後から重力加速の弾丸を放つ。接触。右肩を吹き飛ばす。周りの肉も同時に吹き飛ばし、支えを失った右腕が落ちる。弾丸が穿った穴は少なく見積もっても直径20センチは下らない。結果的に感覚的には巨大となった弾丸によって、そ切断面は無理矢理引き裂かれたように荒れていて、筋肉、血管、皮膚がつぶれて砕かれて、見るも無残な姿を晒している。
「……」
男は叫び声もうめき声もなにも発さずにバックステップで遠ざかる。が、空中にいるタイミングをみはかり、再び連続射出。よける事のできない状態でおいて防御の体勢をとることも、また弾き返す武器も持たない体を弾丸が容赦なく各所を貫く。はじかれるように墜落する男。しかしそれでもまだ判断力はあったようで足から着地。
まだだ。
一歩踏み込む。右手をかまえ、相手の腹部に手を添える。手の付近が一番繊細な調整が出来るからこそ、危険を承知で接近しての能力発動。
「・・クッ!」 斬られたわき腹が痛むが、なんとかこらえる。
手のひらの先、男の体に食いこませるように無理矢理壁を発動。体内に異物を混入された男はそれでも痛みの声は発しない。
攻撃の手は休めない。水平に発動した壁はいまだ体の一部にかかっているだけだ。固体の中に形成するにはそれだけの労力が必要となり、結果的に胴体の分断までは行かなかったが、それでも壁の成長は、出現よりは簡単である。よって壁の成長。
動作は早かった。水平面で見えない壁に仕切られた男の体は、斧で切られるようにして、へその辺りから上下に真っ二つに斬られた。
とどめだ。
空中に大質量を展開。立方体に設定された最高クラスの密度を誇るいわば重すぎる鉄塊だ。発動した能力に空間固定の概念も重力操作も付与しなかった。重力と言う凶器は重いものにはそれだけの破壊力を持たせてくれる。
ぐちゃ。
・・・・・・と、そんなような音が聞こえた。ただそれだけ。
大きな石でアリをつぶす。そのときの音とあまり変わらないようにも思えた。
色のない、透明な鉄塊はその下に組みしいている生物だったものをしっかりと見せてくれる。
赤白肌赤黒肌赤黒赤赤白黒赤黒黒黒赤黒黒黒黒黒黒黒黒黒・・・・・・・。
グロテスクを通り越して既に人間だったという感覚など失せるぐらいに完璧に完全に潰れていた。骨、肉、血液。人間を作り出す要素がわかりやすく目の前に広がっている。気持ち悪くなってくる。
早く、ここから立ち去って、逃がしてやったあいつを見つけて・・・。
などと色々考えてるうちにわき腹の痛みがぶり返した。
「・・・・・クソッ!・・・・ガハッ!・・・・」
血は予想していたよりも流れている。傷を受けた後も能力を連続使用していたツケが回ってきたようだ。体が冷えてきたような、血液以外のなにかが体から出て行くような、そんな気持ちにもなってきた。
ガクンッと足が曲がる。膝をつく。
荒い呼吸を何度か繰り返し持ちこたえる。もうそろそろ限界が近い。救急車でも呼んだ方が良いだろうか。
そんな事を考えていた。

だから前方で何が起こっているのか気付くのに後れた。

いや、予感はしていた。
しかしあれ以上何をしろというのだ。炎で燃やそうにも火炎能力者ではない。消し去ろうにも転移も使えない。粉々にするには能力の消費が激しすぎる。・・・あるいは、全て能力を使い切ってもやっておいたほうがよかったかもしれない。
顔を上げると、予想通りの情景が広がった。
右腕を失い、完全に上半身と下半身を分断され、小さな肉片と潰れた組織の塊になったはずの男が、
そこにいた。

「く・・そったれが・・・、しっ・・かり死にやが・・れ」
対する男は無言。刀を構える。
ヤバい、この状態では勝てない。
それ以前に傷つかない、死なない相手にどうやって勝とうと言うのか。ダメージを与えようがすぐに回復してしまい効果がな い。打つ手はない。
さっきまでの万全の状態でさえもこれだけの傷を負ったと言うのに、この傷を抱えた状態で果たして生きていられるのか、勝 てるのか? 何か、何かないか、勝たなくても良い、生き残る 方法は!?
思考はめぐるが時間もめぐる。既に立ち上がった男はこちらに 向かって歩き出していた。カウントダウンデモするかのように ゆっくりと。一歩一歩。
距離はどう長く見積もっても10mは無い。歩く速度から考え て残された時間は十数秒。考えろ! 無情にも過ぎていく時間 。刻一刻と一秒一秒死期が近づく。何か! 何も無いのか!
ふと。
思いつく。
無限に再生するのならば傷つける事を目的にせず、『動けなくする事』を目的にすれば良い。
『拘束』それこそが鍵。勝たないが、少なくとも死ぬ事は無い。
しかし、どうやって?
壁を創り、超音速の槍を放つだけではしのぎ切れないのは、先ほど交戦で理解しすぎるほど理解している。この状況でどうすれば?
依然解決しないまま問題はとりのこされ、時間はなくなった。
目を上に向けるとそこには既に刀を大上段に振り構えた男が立っていた。相変わらずの無表情。これから人を殺すのを何一つためらうことの無い瞳。
他人によってもたらされる死。その実感が今・・・、

絶望した瞬間、男の後ろから長い足が伸びてきて、意識を刈りとるような回し蹴りが男の側頭部を直撃。そのまま足は振り抜かれ、数メートルの距離を吹っ飛ばす。
何が起こったかわからなかった。視覚から入った情報と、理解できた情報量の差がありすぎた。
理解が出来ない。
何故、あいつがここに!!
「・・・っ、あたしの奴隷に何さらしてんのよ!!! 三途の川で溺れ死ねクソ野郎が!!」
女子が放つような言葉ではない暴言をさらっと大声で叫び、人差し指を突きつけて罵っているのは間違いなく、先ほど逃がしたはずの・・・・
「あんたもぼーっとしてないで! さっさとあいつ片付けるわよ」
「あ、・・・ああ」
戸惑いながら答える。やっと今さっきの異常を脳が理解した。
助けにきたのか。
この状況でわざわざ敵の大将に突っ込むなんて馬鹿のすることだ。それでも、助かった。
「・・・さんきゅ」
「あんたそれだけで済むと思ってんの!? さっさと立ちなさい!!」
「あぁ」
気付く。こいつは守る必要などないのだ。自分の身は自分で守る事のできるやつなのだから。
守るのではなく、共に、戦う。
からだの痛みはどうだ? まだ大分痛むが能力の使用には問題ない。
頭の整理は終わった。おーけーおーけー。行動を始めよう。
「あいつの再生能力は凄まじい。不死身といっていいくらいだから、動きを封じる。」
「どうりで。私の蹴りを直撃させたのに起き上がるのは尋常じゃないわ」
既に男は起き上がって手を離れた血濡れの刀を拾いに向かっている。
「一秒でいい。動きをとめてくれ」
「一秒と言わず永久に止めてあげるわよ!」
俺の見る前で叫んで走り出す。足音をさせず滑るように男に近付く。
突進に気付いた男は刀を拾い、立つ。ついでと言わんばかりに一連の動作のなかで自然に刀を振る。その流れはあまりに自然であり、なにもせずに突っ込んでいれば確実に斬られていたはずだったが、その動きを俺は見えている。
振りはじめの一瞬を見極め、腕を振り上げるその軌道に壁を出現。先程とは違い危険が目前に迫っていないため、余裕をもって対処できる。
加速前の刀など高密度の壁の前では只の鉄板と化す。始発地点で止められた刀はそれ以上進むことなく留まる。
男の顔に一瞬焦りが見えたような気がした。気のせいかもしれんが。
その隙に下からすくいあげるような蹴りが命中。どんな威力をしているのか、男のからだが三十センチほど浮く。空中は男の能力ではどうしようもなく無力な戦場。
対してこちらは遠隔発生型。勝機はこちらに。
意識を集中。男が浮いて落ちるまでの一瞬に全ての質量発生を行う。
男の両手両足首に手枷足枷のように空間固定。慣性と重力のままに落下しようとしていた男を空中で磔にする。
オレの付近に浮かぶは、数百単位のビービー玉大の小さく透明な質量を持った物体。もう容赦はしない。
「いいかげん・・・! 死にやがれぇ!!」
時間差をいれ、連射連射連射連射連射連射連射連射連射連射連射連射射連射!!
風を斬り疾る数百もの擬似大槍。貫き、周囲を巻き込み肉をはじけ飛ばす。
「ウラアアアァァァァァァァァァァァ!!!!」
男の体を塵にするほどに苛烈な攻撃。一方的な虐殺。
しかし、死なない。
攻撃の嵐がやみ、その命中した地点は完全に塵になっている。男のいた場所の後ろ側など見るも無残な状態になっている。
当然の如く男も砕かれ粉々になっているはずなのだが・・・、

いつの間にか、あたりのほこりのようなものが地面の一箇所に集まっていく。ほこりだけでなく、飛び散った肉や血液、その他人間を構成していると思うものが大量に、飛び散った分だけ集まっていく。
だが、復活する場所が地面だと言うことは既に見切っている。予想しているがゆえに攻撃の手は連続される。
上方に円錐状の物体を大小15本発生させる。さらに下方に向かって重力定数を50倍に設定。超高加速により音速を遥かに超えた勢いで槍の雨が降る。
湿っぽい、表現しがたい音が連続して響いた。槍は両肩、両肘、両手首、両腰、両膝、両足首、首、腹部、頭部を貫通しコンクリートを貫き、男を磔の状態で仰向けに固定する。
ざすざすざす・・・。刺さる。突く。貫く。
上方に円錐状の物体を大小15本発生させる。さらに下方に向かって重力定数を 50倍に設定。超高加速により音速を遥かに超えた勢いで槍の雨が降る。
しめっぽい、表現しがたい音が連続して響いた。槍は両肩、両肘 、両手首、両腰、両膝、両足首、首、腹部、頭部を貫通しコン クリートを貫き、男を磔の状態で仰向けに固定する。
ざすざすざす・・・。刺さる。突く。貫く。
連続した音は繋がり、一つの長い響きを持った音になる。
全てを終えたあとに残るのは、静寂。
「ハァ・・・ハァ、・・・ぐはっ!」
負傷した状態での集中は精神力の消費が極端に激しい。気合いでなんとかこらえ ていた痛みが、安心したからか、ぶり返してきた。
「だ、大丈夫!?」
全く、とんだやつに助けられたものだ。しばらくはまたうだつが上がらないだろ う。
それでも感謝しているし、こうして声をかけてくれることを嬉しく思う自分がい る。
「こういうのも・・・たまにはいいか・・・」
「なにいってんのよマゾ!! 変なこと言ってないで黙って休んでなさい!!」
オレの台詞を勘違いしたらしく怒鳴ってくるが、本当の意味を教えるつもりもな いので訂正はしないでおく。
このまま寝転がってるか。
「今救急車よぶからおとなしくしてなさい!!」
「・・・駄目だよ、普通のとこじゃ。オレのポケットにはいってる携帯使って・ ・・」
オレの指示を一通り受けて、その後電話でテンパってるのを見てると自然と笑み が浮かんでくる。
仰向けになり、空を見上げる。
眺める空は快晴。近くに磔男がいる以外は気分も良好。
ゆっくりと眠りにつく。

ああ、月が綺麗だな。と思いながら。



後日、オレ達の瀕死の経験の原因となった委員長を、全力で殴り飛ばしたことか ら始まった事件の話は、また別の機会に。




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